気付けば4年ぶりにバースデー

仁くんのリリイベに参加してきました。


気付けば4年ぶり。

そう、あの2012年の横浜アリーナのライブから4年ぶりに仁くんに会いに行きました。

思えばあのライブ以降行かなくなったのは、電撃婚が一つの理由ではあるのだけど、

それ以上にアイドルでなくなった赤西仁という人物が

あまりにも、わたしの心の中を空白にしたからだと思う。


この4年何してかって、流れるように鈴木達央を追いかけOLDCODEXのライブに酔いしれ元気をもらって。

そんな4年の空白は確かに別の存在で埋まっていたと思う。

勿論、いつだってこの4年間はそれはそれで充実してた。


じゃあ何で今更、今日リリイベに行こうと思ったか。

背中を押したなんて聞こえはいいけど、そんなキッカケはここでは言えないが些細なことだった。

それでも根本的なキッカケとしては、

KAT-TUNの充電前のライブに行ったことが影響していたと思う。

グンとKAT-TUNが愛おしくなったのと同時に

いつだってKAT-TUNにいた仁くんはどこかしらにいた気がします。


4年ぶりに会ってみて。

相変わらずアホでした。いや、4年前よりおバカになってた気がします。日本語とかマジどーしたってくらいに拙くなってた気がします。あ、これ貶してない一種の褒め言葉です。

レポに関しては覚えられるだけにTwitterに投げておいた。↓


ただ変わっていないと思ったのは

相変わらずファンに対しての返答が言葉雑なのと

ふとした瞬間の手の使い方の可愛さとか

32にもなって下ネタ言っちゃうところとか。


些細な事を言い出したらキリがないのだけど、

確かに変わってない部分もちゃんとあって安心した。

いや、わたしが安心してもなんだって感じなのだけど。


一番変わってなかったのは歌声。

Audio Fashionから3曲披露してくれましたが、

歌う時は拙かった言葉もどこかへ飛んで

いつだってわたしが好きだった歌う声が、

確かにステージの上にあった。


言葉で表現するには語彙力がなくて、表現できないのが悔しい。


でも今日聞いたその声は、わたしが高校一年の初めてのKAT-TUNのコンサートで聞いた

仁くんの歌声のソレにとても似ていて。

思わず涙が出そうになった。


日本語が下手くそで。

難しい言葉を言えてドヤ顔するとことか。

伝えたい言葉が出にくいところとか。

それでも歌う声は、いつだってわたしの中では完璧で。


ただもう、好きという言葉以外は上手く表現が出来なくって。

赤西仁がそこにいたという事実だけが絶対だった。



アイドルという概念は、

わたしの中で大きいにしろ小さいにしろ、どこかしらでターニングポイントになってて。

それは夢を与えてくれる存在なら、個人的には三次元だろうと二次元だろうと同じもの。

でも同時に今まで、そのアイドルがあまりにも儚くて何度も周りも本人達すらも困惑することもあると思う。

そんな儚くてアイドルが本当に最高のエンターテイメントで、人生と常にあるものだと思いました。


それでもわたしは、アイドルでもアイドルじゃなくても

赤西仁を好きになって良かったなぁと思ってしまった。

ああ、本当にもう。凄い人だ、天才だよ。


仁くん、誕生日おめでとう。

今年はツアーで会いに行くね。




箱推しにならずにはいられなかった

GWも終盤に近付き、わたしも例に漏れず実家帰省を終え東京へ向かうバスの中です。

沸々とウン年ぶりにブログを書きなぐりたくなって、twitter上ではよく見るはてなブログ始めてみました。ただ本当に、忘れないように自分なりの感想を書きたいだけ。


2年ぶりにKAT-TUNのライブに参加してきました。国フォのcome hereぶり。

専門時代からの友達のお慈悲に今回も縋り、4/29の初日。事前に座席だけは聞いてみたものの、いざ入ってみるとアリーナ3列目。お互い言葉を忘れたように『ヤバイ、ヤバイ』しか口に出せなくて、18時のカウントダウンが始まるにつれ夢心地が現実味を帯びてきて。


GOLDから始まった瞬間、うおおおあぎゃあああああ何て女らしからぬ声を出しました。

おーおなっしん、なーおーえゔぁ!なんて片言の英語歌詞をKAT-TUNと一緒に歌いながら鼻の奥がツンとしたことを覚えています。


思えばKAT-TUNを好きになったのはデビュー当時。当時中学1年だった自分は、当時かめ担だった割と仲良しだった女の子にReal FaceのPVを見て13歳なりの衝撃を受けまして。気付けばズルズルと赤西が好きになってました。

中学ですもの。遠征するお金や許しはなくて、早く高校生になってバイトして稼ぎたい!ライブ行きたい!って思いながら、いざ高校生。

ちょうどその年は女王魂の年で、我が地元の静岡エコパアリーナにきてくれたので意気込みながらライブに参加。もう8年程前(そんな経ったか…)の記憶なのでうろ覚えなのですが、赤西くんの団扇を持ちながら『今こっち見てくれた?!?!』なんてジャニライブ有りがちの事を抱いたことは今も覚えています。


KAT-TUNといえば個人的には『海賊』という言葉がよく似合うと思っているし、本人達もきっと気に入っているのではなかろうかと思いながら今回のツアーもKAT-TUNという船をイメージしたステージ構成。

初めて参加した女王魂がふと頭に過ぎりながら、実際のライブはこれもうキラキラと輝いていた。


わたしが求めていたアイドル、KAT-TUNだった。


出航だ〜〜〜!!!の言葉と共に冒頭で雄叫びを上げたGOLDに続いて懐かしい曲が次々と流れていく。わたしの青春だったKAT-TUNの楽曲達が流れていく。

東京ドームだもの。自分の叫び声なんてかき消されるものだ、なんて思いながら一緒に歌ってた。


中でもPERFECTではトロッコでかめが近付いてきて、目の前を過ぎったとき。照明の効果なんかじゃない、マイクを持って歌う姿から流す汗までキラキラ輝いていて。今までライブで何回か見てきてたはずなのに、あの瞬間初めて亀梨和也を目の当たりにした気がした。生きてた。


中丸くんの『アエルヨネ』『ミエナイヨネ』の合いの手。

坦々とした合いの手を猫背の背中でフンフンしてた姿がイチイチ可愛くって、お友達と『中丸くん可愛いよ〜!』って一瞬中丸担にほんの少しだけなれたような気持ちでした。


懐かしのドラキュラかめと歯医者ゆっちのコント。

以前からそこまで爺孫推しではなかったのだけど、あの何年ぶりかのコントがイチイチ可愛くって無理。無理でした。わたしの乏しい語彙力が表現出来ん。


何が良かったって、中丸雄一に全てを委ねるかのようなボケ含めた従順ぶりの亀梨和也

最後に首元に噛み付く際に頰っぺたがくっついて焦ってラブユアのくだりを盛大に間違えるかめ。『間違えちゃった!間違えちゃった!』って背中で焦りを隠せないその姿は、マイクを握って完璧に歌う姿とは裏腹の男の子の亀梨和也だった。イッツァニューワールド。


STAR RIDERの中丸くん。

ステージ表現に毎度食い付いてしまう中丸くんのソロ。今回も光とダンスを合わせた見応えしかないパフォーマンスだった。改めて彼はKAT-TUNの帝王だったよね、と。


CHANGE UR WORLDのたっちゃん。

中丸くんのパフォーマンスが終われば、どこからかエンジン音。なんやなんや?!ってモニターを見れば、ゴツい大型バイクを乗りこなしながら歌うたつあ様。

個人的にずっとチェンユワって厨二くさいアップテンポと歌詞とPVが二次元向きだな〜と思ってたので、あの瞬間はまさに二次元的上田竜也だった。※当社比


ソロでは毎度個人そろぞれのパフォーマンスを見せてくれるものだから、何回見たって飽きるわけなく。

でもやっぱ、KAT-TUNはステージで特効をバンバン使いながらギラギラした衣装で歌い上げる姿が好きなので、今回も見事にやってくれたと思わずにはいられないステージだった。

惜しげもなく使う水の柱。心臓が飛び上がるほどの爆発音。追い掛けてしまうろどの光の光線。どれを取っても、やっぱりわたしが見てきたたくさんの現場の中で最高峰のものでしかなかった。

ただもう、圧巻。それしか言えない。語彙力がないのが憎いくらい。

ちゃんとしかレポなんか今のわたしなんぞじゃ書けやしないので、細かい部分に関してはその他の素晴らしい方々のブログやら何やらで。ただもう、わたしが書きなぐりだけ。


わたしが好きだったKAT-TUNは青春時代そのもので、今回のライブはもう青春時代を思い起こすには十分すぎるくらいのものだった。


高校生になってガラケーを所持したわたしは、自分のサイトを開き数年に渡り夢小説()なるものをひたすら書きなぐってた。割と多少は好評頂いてたものだったからタチが悪く、3〜4年程やってたなぁ。なんて夢脳なくらいには当時わたしは赤西くんが大好きだった、将来結婚したいと思うくらいには愛して止まなかった。

そんなわたしが大好きだった歌声を聞かせてくれる赤西くんはそこには居ない。

甘ったるい歌声とは裏腹にオラオラと煽る聖も居ない。

いつだって笑顔でその長い手足で見栄えしかないダンスを踊るじゅんのもそこには居ない。


KAT-TUNがデビューしてから、わたしがKAT-TUNを好きになってから10年経った。今やもう、わたしだって社会人。

当時、人数が減ることなんて1ミクロン程も思ってなかった。いつだって6人のKAT-TUNが最強で無敵で、笑顔にさせてくれたから。


わたしが大好きだった赤西くんがソロになって、それでもKAT-TUNが好きだからライブには足を運んで。

でもやっぱり推しが居ないのってなかなかの悲しい効果で、高校卒業の上京と共にKAT-TUNから少し離れた。離れたのと当時に二次元の現場、アニメーション現場に通い始めて、今やOLDCODEXで拳突き上げてるなんて10年前の自分からは全く想像も出来ていないと思う。人生何が起きるか分からない。比べるものでもないのだけど。

それはそれとして、今では応援したい気持ちはあれど茶の間でKAT-TUNを見れば何となく見たい気持ちくらいしかなくって、CDもここ数年買ってもさえ居なかった。わたしの一番推したい人が鈴木達央という人になってしまったから。

でもそれでも、今回のライブを通してKAT-TUNはいつまでもどこまでもKAT-TUNだったのだと、こんなわたしでも思わずにはいられなかった。それ程魅力的だった。


半分になっちゃった、とは正直思う。10年前の自分からしてみたらナンテコッタ状態だ。

それでも、惜しげもないステージ演出と声を出せ!と煽られるファンと。いつまでも経っても男子高校生みたいなノリで寄り添うKAT-TUNと、想像を遥かに超えるパフォーマンスに10年経っても度肝抜かれてさぁ大変。


まだKAT-TUNを応援したいな、と思わずにはいられない1日だった。


デビューして好きになってから、わたしが恋焦がれた赤西くんはもうステージには居ないのだけど。それでも、わたしが求めてたKAT-TUNは東京ドームにはあった。確かにそこに居たのはわたしの好きなKAT-TUNだった。

もうあんなの見せられちゃ、誰担でもない。KAT-TUN担にならずにはいられないじゃないの、って話です。


Twitterに流れた5/1のレポやWSを見ながら、ひたすら泣きそうになったのもここだけの話で。

その場には居なかったけど、かめがKAT-TUN全員の名前を言ってくれたことが何よりの救いだった。6人だったことを否定せず忘れないでいてくれていい、でも前を見てるよ。そんな事を言ってくれた、そんな気がしました。

滅多に涙なんて見せなかった男の子達が、ここぞという時に泣いてた。泣いてた中丸くんの腕を引きながらかめが前を歩いて、たっちゃんがその背中を押してた。その場にいて見守りたかったなぁ、と思いながらもWSでその雄姿だけは目に焼き付けてた。もう、ただそれだけで十分だった。


もう既に始まった充電期間。

いつフル充電になるかは、まだ本人達も分からないと思う。

それでもまたステージにKAT-TUNとして戻ってくる時には、またKAT-TUNらしい姿を見たいと思わずにはいられません。


わたしは東京に向かうバスの中、iPodから流れるKAT-TUNを聞きながら、めちゃくちゃなブログを書いて。

家に着いたら一枚も捨てきれていないCDとライブDVDを引っ張り出して、ひたすら好きだった、好きなKAT-TUNをテレビ越しから眺めたいと思います。あと、ファンクラブ入り直すところから始めようかな。


わたしの最高のアイドルは、KAT-TUNだ。